旅する禅僧

より多くの方々に仏教をお伝えし、日常の仏教を表現していきます

而今に学ぶ。18

 こんにちは。俊哲です。

秋も深まり、冬の足音が身近に迫ってまいりました。記事の執筆中、世間では新型コロナの感染者も第3波と呼ばれる増加傾向にあります。そんな最中ですが、皆様はどんな日々を過ごされておりますでしょうか。

 

 

 今回は東南アジアの国、ラオスを旅した時のことを記そうと思います。私がラオスを訪れたことは2度あり、初めは日本人僧侶の友人と、2度目はラオス人僧侶の友人と旅をしました。


ラオスの首都はビエンチャンという町で、第2の都市はルアンパバーンという町です。

この第2の都市、ルアンパバーンユネスコ世界文化遺産に登録されております。メコン川とナムカン川の合流点にあるこの町は、かつてラーンサーン王国という国がありました。その時代の建物や文化と、またフランスの植民地時代のコロニアル文化が融合した町として世界遺産になりました。

 

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ルアンパバーンの街並み

 

この町で有名なのは、多くの僧侶達による托鉢です。まだ、朝日が昇る前、オレンジの袈裟を纏った僧侶達が列になり、通りを托鉢して町を歩きます。

 

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朝の托鉢風景

特に、ルアンパバーン旧市街には多くの僧院があり、明け方、寺院から鳴り響く太鼓の音を合図に僧侶達が姿を表します。通りの数も少ないため、大通りではいくつもの僧侶の隊列が合流し、長い列となります。

 

数年前、日本人僧侶と旅をした時には、通りに茣蓙を敷き、膝をついて食べ物を供養する人の姿を見て感動しました。

 

再訪した際は、大通りに近いところに泊まっていたこともあってか、観光客の姿も以前より多く見受けられました。その折、前回と全く違ったのは中国からの観光客の増加によって、托鉢のセットや場所を売る人達の姿がとても増えていたことです。

托鉢を観にくる観光客を乗せたバンが乗り入れないようにと車止めが置かれ、観光客には明け方暗いことから、僧侶に向けフラッシュを用いた写真撮影の禁止が訴えられます。また、寺院には、以前にはなかった寺院の参拝時の注意点や衣服に関する決まりを告示した看板が見受けられるようになりました。

 

時代の流れとはいえ、わずか数年で大きく変化した光景に驚きました。

 

托鉢が始まると、多くの観光客から食べ物等のお布施を受け、僧侶達は肩から下げた鉢に供物を入れ通り過ぎて行きます。

 

このルアンパバーンの僧院の特徴に、地方出身の子供の僧侶が多いことがあげられます。それは、僧侶となれば、こうして托鉢などにより僧院にて衣食住が保障され、また第2の都市ルアンパバーンには若い僧侶達のための無償の学校が多くあることから、教育を受けさせるため僧院に預けられる子供達が多いのです。

 

そんな若い僧侶達が、観光客で溢れたこの町で托鉢をすると、僧侶達の需要より観光客からのお布施が多く、供物が供給過多となり、持っている鉢がすぐいっぱいになってしまうということが起きていました。

 

托鉢をする僧侶達を見ていると、通りに置かれている籠や箱に、いただいた食事を掻き出している若い僧侶の姿がありました。その光景が、まるでゴミ箱に捨てているように見え、私は非常にショックを受けました。

お布施を受けるという修行のために、観光資源として消費されることに胸が痛みました。この町も変わってしまったなぁと思い、少し寂しく裏の通りに引き上げると、そこには痩せ細った子供や身体に不自由があると見受けられる老人達が路に座る姿がありました。しばらくすると、先ほど大通りを歩いていた僧侶達の列が通りかかり、僧侶達は自分の鉢からその子供や老人達にいただいた供物を分け与えて通り過ぎて行きました。

 

大通りに戻ると、そこに置かれた先ほど供物を掻き出した籠や箱を回収する人が現れました。聞けば彼らは僧院の関係者で、いただいた供物を貧しい家庭や労働ができない家庭に届けに行くとのことでした。

 

“もらい過ぎて捨てた”というのは誤解で、自分の必要以上には持ち帰らず、困っている人たちに分け与えるというということだったのです。

 

一度は、「これが世界遺産の町なのか」と失望しかかっておりました。しかしそれは私の思い違いで、実際は仏教の教えが生きている町なのだと知り、改めて感動する出来事でした。

 

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もらい過ぎた供物を分け与える僧侶達

社会の動きと共に慣習を維持してゆくことはとても難しく、取り巻く環境の変化によってルアンパバーンの托鉢のように少しずつ変化してゆかねばなりません。旅をして、見てきた景色が時間の経過と共に失われてゆくことは残念でありながらも、それこそが人の営みであり、それこそが仏教の説くところの諸行無常なのでもあります。

 

「時代の流れ」という言葉は便利ですが、自分の都合よく言い訳にして使うのではなく、時代の流れと共に私がどう生きて行くのかということを、立ち止まり、今一度考えてみる機会になりました。

 

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ルアンパバーンを流れるメコン川。この流れが、いつの時代も多くの人を潤している。

 

喫茶去

皆様こんにちは!光彬です!
朝晩の冷え込みが強くなって参りました。
いかがお過ごしでしょうか?
暖かいものがより一層美味しく感じる季節ですね♪

暖かいものは、身体に入ってくると
心まで満たされて、どこかじんわり
満足感、安心感などが湧いてきませんか?
寒い所から部屋に入り、暖かいお茶なんか出てきて
ズーっとすすると、ホットしますね*

仏教には『喫茶去(きっさこ)』という言葉があります。
簡単に言うと、お茶でもお召し上がりください
ということです。

以前うちのお寺に石材屋さんが来ました。
いつも色々なことをお願いしている、お互いに気の知れた間柄です。その石材屋さんは、少しお年を召した社長とその息子さん、そして何名かの職人社員さんで営んでいました。面倒事も二つ返事でOKしてくれる、とても頼れる石材屋さんです。
今回もお願い事がありお寺に来てもらって話をしていました。話を進めていると、社長さんと息子さんの意見が少し合わなかったようで言い争いが始まりました。
細かいことではありましたが、二人にとっては職人仕事をする上で大切なことです。
年が一回りも二回りも違う二人に、私はなかなか仲裁に入ることも出来ませんでした。そんな私をよそに祖母がお茶をもってやって来ました。私は、え?!今?!とすら思いましたが、祖母は「まぁお茶でも召し上がってから考えたら」と笑顔でお茶を勧めました。
祖母は亡くなった先代の妻で、私よりも深い仲だったので、それでなのか、二人は少しばつが悪そうながらも
湯呑みの中のお茶を飲みました。

少しすると、社長さんが、
これからのことに関わるし今から若いやつに託していかなきゃかな。と、折れたようでした。
すると息子さんも落ち着いた社長さんを見て自分も落ち着いたのか、お寺さんと話し合いながら上手く決めていこう。と、二人ともさき程の言い争いが嘘のように
穏やかなものになりました。

喫茶去は、中国唐代の趙州禅師という方のお話からきています。この方は、初めてそのお寺を訪ねてきた人にも、以前来たことがある人にも、どんな方にもまずは
お茶をひとつ召し上がってと勧めたそうです。
一見、お客にはお茶だしをするなんて当然でしょ?と
思うかも知れません。しかし、たとえ粗末なお椀であっても、高級なお菓子ひと欠片が無くても、
精一杯のもてなしと丁寧な心で淹れたお茶には
相手を安堵させ心を打ち解けさせ素直な姿を
現してくれる優しい力があります。

普段から仕事、仕事で飛び回っている石材屋さんを労う気持ちをもって出された一椀は二人の張り詰めた心の緊張を少し緩めたのでしょう。

コロナウイルス、政治問題、犯罪、環境問題、家庭問題、、、数えればキリがないほど、
私たちの心を掻き乱す話題が後を絶ちません。
時短や効率、損得勘定が第一に考えられホッと一息何かを考える時間もないくらい忙しない現代です。そんな私たちの緊張の糸を少し和らげてくれるものは何か。

私は祖母から教えてもらいました。

この記事を読んでくださった方がいましたら、
是非、簡単で結構です。
暖かいもの何か飲んで15分でも良いので
ゆっくりしていただけたらと願います*

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ボクシング

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グローブ


こんばんは禅信です。

 

 

食欲の秋、スポーツの秋、この季節は気温も気候も落ち着いていて

なにをするにも身体が良く動く季節だと思います。

 

 

昨年の今頃、私はボクシングを再開しました。

大学時代に下宿の近くにあったボクシングジムに通っていましたが

その時は1年ほどでやめてしまいました。

情けない限りです・・・

 

ボクシングの練習は自分にはとてもハードで、タイマーが鳴ると3分間必死に動きますが・・

 

 

サンドバックを叩きながらタイマーを確認するも、「2:00」

まだ1分しかたってない・・・

 

しばらく夢中で叩いてもう一度ちらりと確認すると「0:40」

あと40秒…

 

すでに息は上がり酸欠状態です、最後の15秒は心臓が口から飛び出そうになります。 

 

サンドバッグを3ラウンド必死に叩き、続けてミット打ちを2ラウンド

 

ミット打ちはサンドバッグと違いリングに上がって、トレーナーの持つ

ミットめがけて指示の通りにコンビネーションを打ち込みます。

 

ミットを追いかけ動き回るのでサンドバック以上に呼吸が荒くなります。

 

 

この二つのメニューを終えると、マラソン大会のゴール直後の

様な状態になりしばらく休まないと次のメニューに進めません。

 

 

そんな辛い練習なので。

ジムに向かう前には一度覚悟を決めて家を出ます。

ジムの扉を開けて「挨拶にスランプ無し!」

「よろしくお願いします」大きな声で挨拶をして。

練習に入ります。

 

 

日本国内でもプロで活躍する選手が沢山いますが、

そんなプロの選手はジムでの練習の他にロードワークもこなし。

ジムでの練習も私が行う何倍ものラウンド、質のトレーニングをして

試合に臨んでいます。

 

 

私が最も好きなボクサーに、フロイド・メイウェザーという選手がいます。

2017年に引退していますが、50戦無敗で5階級を制覇した

スーパーチャンピオンです。

ファイトマネーも破格で派手な暮らしぶりから

「MONEY」と評され悪役の様に扱われることもありました。

 

そんなメイウェザーは試合前のインタビューで数々の名言を残しています。

 

有名な言葉に、

「お前が遊んでいる時、俺は練習している。お前が寝ている時も、俺は練習している。

 お前が練習している時、もちろん俺も練習している。・・負けるはずがない。」

 

試合前日に会場のヤジに包まれた時に、

「俺は自分の技術を信じる、俺は自分の才能を信じる、もし誰も俺を信じなかったとしても自分で自分を信じる。」

 

といった言葉があります。

メイウェザーの発する言葉には常人には理解できないような物が沢山ありますが、

リングで勝ち続ける姿、強さには。

そんな嘘のような言葉を自分の心に信じさせて世界王者として試合に勝ち続ける。

とんでもない犠牲や練習が試合に勝つ姿の中に現れていると観て取ることができます。

 

 

自分の目標に向かって自分の心を律して努力する。

 

 

そんな彼の姿を思い出し、今日も練習を務めてきました。

世界で一番になる人たちの姿は日頃の練習はもちろんの事、

生活のすべてが競技に現れているので本当に感動を覚えます。

 

一年延期になったオリンピックも来年無事開催されることを願います。

 

スポーツの秋、身体を動かすにはとてもいい季節ですね^^

 

紅葉で我おもう

こんにちは、哲真です。

 

寒さが一層厳しくなってきました。皆様、体調を崩さないようにしてください。

 

11月は、文化の日勤労感謝の日など祝日があったり、アメリカ大統領選挙、またボジョレーヌーボーが解禁になる月でもあります。

 

そんな中境内を散策していると、紅葉が大分進んできていました。境内には扇型の葉が特徴のイチョウの木があります。それはかなり大きなイチョウの木です。大分黄色く色づいてきていました。

 

イチョウを調べてみると「生きた化石」と呼ばれているようでした。新生代の氷河期などで様々な種類のイチョウは衰退し、約170万年前には現在のイチョウ一種のみを残して他の種は絶滅したともいわれているからだそうです。そう考えるとかなり趣深いものがありますね。このイチョウ生きた化石なのかとしばらく触れておりました。

 

樹木は、枝葉を広げ種を落とし、その種が成長してまた種を落とす。ゆっくりでありますが、着実に広がっていくものです。少しずつを繰り返し繰り返し行うことはたやすいことではありません。多くの時間を必要とします。これは功徳を積むことと似ているかもしれません。

 

東日本大震災の復興計画で樹木を植えるということが盛んに行われました。樹木があった元の姿に戻す為であったり、津波到達地点の目印にしたりと目的は様々だったようです。樹木は人々の目標にもなり、励みにもなっているのかもしれません。

 

樹々は、目標や励みにもなりますが、災害時には倒木などにより人々に怪我を負わせることがあります。私も落ち葉が溜まっているところを歩いていたら、足を滑らせ転んで怪我をしてしまったこともあります。様々な側面を持っています。

 

紅葉で黄色に色づいたイチョウの木を見ながら、いろいろな事を感じさせられたと同時に、イチョウが色づいた後は落ち葉となるため掃き掃除が待っていることも思い出し、皆様の足元に影響がでないよう綺麗にしなければ!と目標も持たせていただきました。

 

やはり、自然は良いものです。皆様も時間がある時は自然に触れてみてくださいね。

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「この目で」感を大切に

みなさん、こんにちは。向月です。

ずいぶん秋も深まってきました。

秋といえば何を思い出しますか?

食欲、芸術、スポーツ、お月見などなど沢山ありますね。

最近のテレビやインターネットでは、満月の度に「○○ムーン」と名前が紹介されます。

 

ある満月に日、私は兄と2人で綺麗な月を見たいという話をしました。
夜になったら、望遠鏡をお寺の境内に引っ張り出しお月見をしよう
ということになりました。

しばらく使っていなかった望遠鏡は埃をかぶっていたので、

昼間のうちにキレイに掃除して夜を待ちます。

 

その日は所々に雲が出ているものの月はしっかりと出ており

綺麗な満月の夜となりました。

望遠鏡を満月に向けてセット。覗くとまん丸の満月です。

肉眼で見ると暗闇に浮かぶ「光の玉」ですが、望遠鏡でみると

くっきりとした月です。

クレーターもしっかり見えます。

私はこの満月を写真に残したいと思いました。

 

月の写真はプロが撮った綺麗なものがネットなどでも見ることができます。

それなのに、自分で撮って見たくなったのです。

本当にみんなの撮っている満月が、今私の見ている満月なのかを

この目で確かめたかったのです。

(普通に考えれば当たり前なのですが・・・)

 

しかし、私の手元には携帯のカメラしか撮影機材がありません。

携帯をそのまま満月に向けても「光の玉」がぼんやりと映るだけで、

私の撮りたい輪郭やクレーターがハッキリとした満月は撮ることができません。

そこで、望遠鏡の目を当てる部分に携帯のカメラをくっ付けて

撮ってみることにしました。

これが半分成功で、半分失敗の結果となりました。

携帯と望遠鏡がしっかり固定できないため、何回とってもブレてしまいます。

ブレずにとれたとしても満月には見えません。

綺麗な満月を撮りたくて2時間くらいアレコレと試したのですが

やはりうまくいきませんでした。

 

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(携帯電話のカメラでは、これが限界でした・・・。)

 

満月を綺麗に撮ることを諦め夜空を見上げたら、満月は西に傾き

少し雲に隠れ始めていました。

隠れ始めた満月を見たとき龍樹菩薩の「指月の譬」(『大智度論』)の

話を思い出しました。

これは、

 

「月をさす指を見るのではなく、月そのものを見なさい」

 

というものです。

仏様の教えを月に、教えを表現した経典や論書などの言葉を指に例えた話です。

大切なのは教え(真理)そのものであって、それをさす指(言葉)は

道具でしかないといえます。

 

写真を撮ることを諦めて夜空を見上げたとき、それまでは望遠鏡や

携帯のカメラばかり見ていた自分に気がつきました。

本当は、自分の「この目で」見上げた月こそが一番綺麗だということ

がわかったのです。

自分自身で体験したこと、自分の目で見たもの、そういうことから

得られる感情を大切にしていきたいと思いました。

 

 

また別の旅では「お肉は食べていいの??」と聞かれたのですが、その話はまたいずれ。

旅する禅

皆様、初めまして。
 
隆宗と申します。
 
私は臨済宗の僧侶ですが、俊哲師のご紹介でこちらでお話しさせて頂くことになりました。
 
どうぞ宜しくお願い申し上げます。
 
 
旅が好きな私はちょうど今年の1月中旬から2月の終わりにかけて、6週間の旅程を組んでインド・ネパールにあるブッダゆかりの聖地を巡礼して参りました。
 
まだ出国した時分は新型コロナウイルスのことも日本ではそれほど騒がれておりませんでした。
 
俊哲師とはこの旅の後半に、ブッダガヤーにある成道の聖地・菩提寺の境内で偶然お会い致しました。
 
そんな私がこの度、恐れ多くも旅する禅僧にてお話しさせて頂く会を賜わりました。
 
そこで、この旅のときのことを少しばかりお話しさせて頂きます。

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バラナシの朝。ガンジス河の向こうから上ってくる朝日。
 
 
 
 
皆様はインドと聞いてどんなイメージが思い浮かびますか。
 
 
 
カレー。
 
牛。
 
汚い。
 
怖い。
 
お腹を壊す。
 
人がたくさんいる。
 
 
 
もしこのイメージが思い浮かびましたらそれはすべて正解だと思います。
 
 
 
インドといえばカレー。
 

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インド2日目のニューデリーで食べたバターチキンカレー。ホテル近くでたまたま見つけた食堂にて。食べられなくはなかったがやっぱり辛かった…。
 
スパイシーな激辛のカレーがどこに行っても楽しめます。
 
辛いのはカレーに限ったことではなく、インドの食べ物の多くは私にとっては激辛なものでした。
 
私は辛いものが大の苦手なので、いつもなるべく辛くないものを探して食べていました。
 
また食事を注文するときには必ず辛くないかどうか確認したり、辛くしないで欲しいとお願いしたりしていました。
 
ただ辛くしないで欲しいとお願いして作ってもらっても私にとってはまだまだ辛いものも多く、インドでもっとも苦労したのは食事だったといっても過言ではありません。
 
ちゃんと辛いものが苦手な人向けに加減して料理を作ってくださるところもあったので、そういうところで食べたカレーはとっても美味しかったです。
 

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帰国3日前に食べたバターチキンカレー。もちろん辛くない。バラナシのゲストハウスのレストランにて。ハーフを注文したら、鶏の半分が入っていた。ハーフってそういう意味だっただのか…。この旅で一番美味しかったカレー。

 
 
インドに行くと車の多さに圧倒されます。
 
そして音が凄い。
 
たくさんの車によって出される音はそれはそれは大きなものです。
 
そんな中、音もなくひっそりとしているにも関わらず、存在感がハンパないのが牛。
 
牛、牛、牛。
 
どの街でも当たり前のように牛が闊歩し、道路に寝そべったりしていました。
 

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アーグラの町中にいた牛。よく見るとかわいい。
牛が街中にいるということはつまり牛たちの排泄物も街中の至るところにおわすということです。
 
牛のための公衆便所はありません。
 
彼らはどこでもしたいときにしたい場所でします。
 
だから歩き回るときは足元にも十分に気を付けなくてはなりません
 
今でも覚えています。
 
踏んだときのあの感触と、ああああという悲しい気持ちを…。
 
 
足元で気を付けなくてはそれだけではありません。
 
道路の穴に溜まった濁った水や道に散乱したゴミなどもよくある光景です。
 
さらには町中を流れる川から漂う凄まじい異臭。
 
汚くて臭い。
 
これもまたインドへ行くと思う正直な感想です。
 

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バラナシの町中にいた牛。食べ物を探してゴミを漁っている。でかい。
インドへ行くという話をするとよく言われるのが、インドは危ないんじゃないか、ということです。
 
これもまたその通りで、確かに日本では考えられないような危険というものがインドにはあったりします。
 
インドへ行くのはこれが2回目で、初めてのインドでは何度か怖い目に遭いました。
 
怖い目には遭いましたが、それも後から思い返せば防ごうと思えば防げたことがほとんどでした。
 
どのような危険が起こりうるのかということはある程度事前に調べることができますし、調べることで対策を練ることもできます。
 
知らなかったら怖いことでも知ることで怖くなくなることもあります。
 
今回は2回目ということもあり、下調べも入念におこない、1年くらいかけて準備をしました。
 
 
準備の中で今回のインドの旅で前回と最も異なっていた点があります。
 
それはスマートフォンの存在です。
 
前回行ったのは今から15年以上も前の話で、当時はまだスマホという物がありませんでした。
 
地球の歩き方を握りしめてあてにならない地図で右往左往したり、列車のチケットやホテルの予約なども行き当たりばったりでとても大変でした。
 
乗るはずの列車が発車予定時刻になっても到着せず、いつ来るかもわからないまま夜の駅でえんえんと待ち続けた思い出もあります。
 
 
今回は日本でsimフリースマートフォンを準備して持参し、インドに到着してすぐに空港でインドの電話会社のsimカード購入しました。
 
このおかげでWi-Fiがなくても常時通信が可能となり、詳しい地図と位置情報によって今自分がどこにいるのかが間違いなく把握できるようになりました。
 
行きたい場所へのルートも危険そうな場所を迂回するルートも簡単に見つけられました。
 
列車のチケットもアプリで予約ができて、列車の到着予定時刻でさえアプリで確認できてしまい、乗車チケットもeチケットなのでスマホの画面を見せるだけで済むという便利っぷり。
 
さらにはホテルの予約はもちろん、市中の移動のタクシーやバイクタクシーでさえスマホのアプリを使って乗降場所が簡単に指定できてしまいました。
 
恐ろしいほどの便利さでした。
 
 
便利になったということは、怖いと感じることがその分減ったということでもあります。
 
これによってすべての危険がなくなったわけではありませんが、多くのリスクを減らすことができたのでとても旅しやすくなりました。
 
ところがどっこい、そこに油断が生じていたのか、はたまたしかたのないことだったのか。
 
いろいろ調べていても、気を付けていても、高度な文明の利器をもってしても、防ぎたくても防げなかったこともありました。
 
そう。
 
下痢です。
 
インドに来て迎えた3回目の朝から私のお腹の調子は突然おかしくなりだしました。
 
そしてその日の夜。
 
とうとう私のお腹は盛大にぶっ壊れました。
 
 
もともとお腹が弱い私なのですが、あれほどの破壊はいまだかつて経験したことがないものでした。
 
一晩中続いたベッドとトイレの往復。
 
このとき感じた心細さもまたえも言われぬものでした。
 
それでも部屋の中にトイレもシャワーも付いていましたし、シャワーはちゃんと24時間お湯が出ましたので、最悪ではありませんでした。
 
 
またインドでお腹を壊したらどうすると良いかということもインターネットで調べることができました。
 
すぐに目当ての薬を手に入れることができ、幸いなことにこのときは3日ほどでお腹は治りました。
 
原因ははっきりとはわかりませんでしたがおそらくは緊張と疲れと食事が合わなかったのだろうと思われました。
 
その後の旅では食べるものに関してはことさら気を付けるようにしました。
 
それでもその後もたびたび壊れましたが…。
 

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アーグラの町中にあった薬局にて。子供たちがお手伝いしていました。腹痛に喘いでいるところにこの笑顔は眩しすぎる…。
 
行ってみたことでようやくわかるということもありました。
 
それは、インドも場所と時期によっては実はとても寒い、ということです。
 
インドは暑い国というイメージでした。
 
でもインドも寒いときは寒いのです。
 
特に朝晩と太陽が出ない日。
 
今回旅していた期間はずっと普通に寒かったです。
 
予想外の事態ではそのときにできうる対策を講じなくてはなりません。
 
私はすぐに毛布を購入しました。
 
さらに途中でもう1枚買い足しました。
 
衣の上から毛布を巻きつけてお参りに行ってました。
 
列車を待つ朝方の駅のホームでは毛布にくるまってないと寒くて座っていられませんでした。
 
ホテルでは置いてあった毛布以外に調達した毛布も使って寝ていました。
 
 
寒さは危険です。
 
体調を悪くしたり腹痛の原因にもなりますし、低体温症は命にさえ関わります。
 
インドの寒さは予想をはるかに超えていました。
 
行ってみて自分で実際に経験して初めて身に染みてわかったことでした。
 

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朝の6時半頃の駅前。霧がかかり非常に肌寒い。インドの方々もちゃんと防寒着を着ている。
 
ここでふと、ブッダの八大聖地を巡礼するためにインドに行ったのに、その八大聖地の話を一切していないことに気づきました。
 
ま、インドはブッダの聖地が霞んでしまうほどに濃ゆーい国なんだとそうご理解頂けると幸いです。
 
ちょっと歩くだけでその強烈さに目眩を覚えるインド。
 
また行きたいです。
 
聖地の話はしておりませんが旅した話はできましたので、この辺りで終わりにさせて頂きたいと思います。
 
少しと言いながら長くなってしまいました。
 
最後までお付き合い頂きありがとうございました。
 
 
 
 
旅に出るとそのつど新しい発見があります。
 
新しい発見はいつもとても感動します。
 
私はその感動が大好きで大好きでいつも旅に出ています。
 
自分のすべてを通して感じて体験した感動は私にとって最高のものです。
 
もう少し状況が落ち着いてきたらきっとまた旅に出ようと思います
 
 
 
Instagramにて「#旅する禅」ブッダの聖地の写真も載せております。
 
よろしかったらそちらも合わせてご覧ください。
 
 
 
最後の最後に、皆様のご多幸を心より祈念申し上げます。
 
ありがとうございました。
 
合掌。
 

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バラナシの街並みの向こうへ沈む夕日。ガンジス河を渡った中洲より。

蛙が私に伝えたかったこと

みなさん、こんにちは。慧州です。秋が深まり、寒くなってまいりました。

先日ある生き物との出会いと別れがありました。

ある夜のこと、帰宅した私は自転車を駐輪場で停めようとしました。すると突然足元から「グェ」という声が聞こえてきました。驚いた私は足元をみると、そこには大きなヒキガエルがいました。

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幸いにも自転車で引いた様子はなく蛙は無事でした。しかし、駐輪場のど真ん中にいる蛙からは全く動く気配がありません。ここにいたらまた別の自転車で轢かれるかもしれない。そう思った私は落ちている葉っぱを使って「あっちに行きなさい」と声をかけながら動かしました。

 

蛙は何も言わず、駐輪場の入り口にぴょこぴょこと移動し始めました。ひとまずこれで大丈夫だ、そう思った私は自宅に戻りました。玄関で靴を脱いだ頃には私の頭の中からはすでに蛙の存在は消えていました。

 

明くる朝、外では雨が降っていました。気圧が低いせいかいつもより目覚めが悪く、なんだか嫌な予感がする朝でした。私はゴミを捨てるため、外に出ました。

 

傘をさしながらゴミ捨て場に向かうと、道端に何かが落ちているのを見つけました。それは昨日駐輪場でみかけた蛙でした。おそるおそる近づいてみても、蛙はピクリともせず息を引き取っていました。外傷は見当たらないのでたまたまその場で力尽きたのか、あるいは車や自転車に轢かれたのかわかりません。冷たい雨粒にさらされたその大きな体はどこか寂しげに見えました。

 

死んでいると分かった瞬間、私は思わず目を背けてしまいました。昨日私が蛙を誘導しなければこうはならなかったのではないだろうか。わたしのせいでこの蛙が死んでしまったのではないだろうか。どこか罪悪感のようなものを感じました。

 

僧侶である私は死と出会う機会が多い方だと思います。お葬式では多くのご遺体を目の当たりにし、ご遺族の方々の悲しみを感じてきました。しかし、お葬式で悲しみは感じても、死への恐怖・嫌悪感というものは感じたことはありません。

 

しかし、道端で死んでいる蛙を見ただけで私の心は大きく動揺していました。そのリアルな死を目の前にして、何か見てはいけないような気持ちになりました。それはその蛙の死を受け入れられない、そして死そのものへの恐怖のようなものでした。

 

たまたま前日そのヒキガエルと出会ったから感じたのかもしれません。遅かれ早かれ蛙はどこかで死んでいたかもしれません。今この瞬間ですらどこかで何かが死んでいるかもしれません。でも、私は目の前にある死を見て動揺しているのです。

 

生きている私と死んでいる蛙。何が違うのか。

そんなことを悶々と考えていると、ふとある言葉を思い出しました。

「悟りという事はいかなる場合にも平気で死ぬる事かと思っていたのは間違いで、悟りという事はいかなる場合にも平気で生きている事であった」正岡子規『病牀六尺』(一部、仮名遣い等を修正)

明治期の俳人である正岡子規(1867-1902)が死を目の前にして残したこの言葉。

果たして私は平気で生きているのか。蛙の死はその覚悟を試しているような気がします。

みなさんはどうでしょうか?

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