旅する禅僧

より多くの方々に仏教をお伝えし、日常の仏教を表現していきます

而今に学ぶ。30

こんにちは、俊哲です。令和5年も残すところ数日となりました。皆様も仕事納めや忘年会など、公私にわたり賑やかに過ごされているのではないでしょうか。

 

さて、当ブログ「旅する禅僧」ですが、この数年間はパンデミックの影響でそもそも旅をする機会が減ってしまい、私自身も旅について書くことがあまり多くありませんでした。

それでも今年、コロナが5類になって以降は世間の流れの潮目が変わったように思います。

 

そんな中で先日、所属している団体の関係でカンボジアを訪れておりました。

東南アジアに位置するカンボジアは、世界遺産アンコールワットがある国としても有名です。

 

また、アンコールワットに次いでカンボジアのイメージといえば地雷やポル・ポトという名が上がるのではないでしょうか。

1970年代より政権を握ったポル・ポト政権によって、カンボジアでは大量虐殺が行われ、その後の内戦を経て多くの人が犠牲になりました。その内戦時にはたくさんの地雷が埋設されました。現在、埋設された約半分の地雷除去が行われたそうですが、逆に言えば未だ半分しか除去できていない状況です。地雷1つあたりのコストは安価で、それゆえに簡単に多くの地雷を埋設したのに対し、地雷除去は地道に1つ1つ丁寧な作業が求められ、膨大な時間とコストを要しながら今日も続けられております。

 

 

今回はシャンティ国際ボランティア会(SVA)主催のスタディツアーに参加し、地獄と称された難民キャンプを経験された方からのヒアリングや、内戦でお亡くなりになられた方々のご遺骨や虐殺現場での現地僧侶たちとの慰霊供養、またカンボジア国内でのSVAの視察、内線から現在に至るまで平和活動をする団体や組織への訪問を行ってまいりました。

光が差し込むプノンサンパウ霊場ポル・ポト政権時は宗教弾圧の一環でこうした霊場が虐殺場となった。この洞窟もかつては遺体が放り込まれ、遺骨で足の踏み場がなかったそうだ。



 

その1つ、訪問した小学校では、難民キャンプを生き抜きこの小学校建設の最初からスタッフとして携わった人、難民キャンプを渡り歩き今この学校で働く先生、この小学校の卒業生であり現校長先生からお話をうかがいました。

 

内戦後、日本を含めた周辺国からのたくさんの支援がなくては生きられなかったという話や、ここに日本の団体が学校を建設してくれなかったら教育を受けられず今校長になる未来もなかったという話を聞き、携わった方々の想いや行動力に改めて感服すると共に、僅かばかりでも支援の先で彼らの未来を少しでも明るいものにしていたのだということを実際に目にし、胸が熱くなりました。

 

自分の育ったお寺もSVAの会員として長年協力させていただいておりましたが、支援のその先を特に気にすることはなく、毎年”お金を送る”ということ以上に考えておりませんでした。

 

 

ですが三者三様の人生が、支援の先にあるこの小学校という場所で交わり、カンボジアの未来を作っている。

 

この事実を目の当たりにして、僅かでも支援させていただいていることが「あぁよかった」と素直に思えました。

 

 

今なおカンボジアでの地雷除去活動を含め、世界では紛争や貧困に苦しむ人がおります。同時代に、たまたま生まれた場所や状況が違っただけで、全く違う環境で生きております。

 

誰でも、出会った時から他人ではなくなります。

出会ったのだから。

この記事を読んでくださる方も、この記事と出会われました。

 

遠い世界に感じる話でもどうか他人事と思わず少しでも興味を持っていただき、自分が直接ではなくても、どこかで誰かの笑顔のためになる、そんな人生があることを知っていただけたら幸いです。

 

 

大きな話の第一歩は身近なところから。

どうぞ皆様、良いお年をお迎えください。

アンコールワット

訪問した小学校で行われた絵本の読み聞かせ会。大いに盛り上がった。

SVAの移動図書館

カンボジアのお寺のお釈迦さま