「旅する禅僧」をご愛読の皆さま、はじめまして。全機と申します。
このたび、ご縁をいただき「旅する禅僧」に参加させていただくことになりました。
まだまだ学ぶことばかりの身ではありますが、先輩方に教えをいただきながら、私なりの旅や日々の気づきを皆さまと共有していければと思っております。
どうぞよろしくお願いいたします。
私は現在、アメリカ・カリフォルニア州サンフランシスコで国際布教師として活動させていただいております。
「国際布教師」と聞くと、何か特別なことをしているように聞こえるかもしれません。
しかし実際には、私自身が多くの方々との出会いや学びのなかで育てていただきながら、その中で感じたことや、日本での修行の経験、そして仏教の教えを少しでもお伝えできればという思いで日々を過ごしております。
私が住むサンフランシスコは、どこか地元・長崎を思わせる街です。
坂の多い港町でありながら、都会の活気と豊かな自然が共存しています。
私の地元にはサンフランシスコの象徴であるゴールデンゲートブリッジを思わせる真っ赤な橋があり、規模こそは異なるものの、私にとっては不思議なご縁を感じさせてくれます。
夏でも30度を超える日はごくわずかで、冬も10度前後です。
こんなにも穏やかな気候に恵まれた場所があるのかと、日々感謝しながら暮らしています。


さて、皆さまはアメリカと聞いて、どのようなイメージをお持ちでしょうか。
広大な土地、多様な文化、映画や音楽の世界――人によって思い浮かべるものはさまざまだと思います。
アメリカは「自由の国」や「表現が豊かな国」と言われることがありますが、実際に暮らしていると、その印象は日常のささやかな場面にも表れているように感じます。
先日、職場まで車で15分ほど運転していたときのことです。
後ろから猛スピードで合流地点を横から無理やり割り込もうとしてきた車がありました。結果的にその車は入ることができず、運転手はしばらく後ろから私に向かって中指を立て続けていました。
そして、そのまま中指を立てながら荒い運転で追い抜いていく姿に、思わずモヤモヤしました。
しかし、そのほんの数分後のことです。
横断歩道を渡ろうとしているご夫婦がいました。
カリフォルニアでは、車は禁止標識がない限り、赤信号でも一旦停止して安全を確認したうえで右折することが認められています。ただし、歩行者がいる場合はもちろん歩行者が優先です。
そのご夫婦が渡ろうとしていたので、私は停止して待っていました。すると、おばあさんが歩くのがゆっくりだったためか、「先に行っていいよ」とジェスチャーをしてくれました。私が「ありがとう」と手で返すと、そのご夫婦は満面の笑顔でアロハサインのような仕草を返してくれました。
さらに5分ほど走った先でも、同じように歩行者を待つ場面がありました。その時も歩行者優先であるにもかかわらず、その方は私を先に行かせてくれました。私が再びお礼の合図を送ると、その方は特大のピースサインと満面の笑顔で応えてくれたのです。
この二度のアロハサインとピースサインのおかげで、中指を立てられてモヤモヤしていた気持ちは、気がつけばすっかり晴れていました。
たった15分の通勤の中で、こうした小さな出来事が三度も重なったのです。
アメリカには「スモールトーク」と呼ばれる文化があります。エレベーターや道端で、初対面であっても「今日はいい天気だね!」とか「その服すてきだね!!」といった短い会話を気軽に交わします。
スモールトークは言葉だけではありません。
今回のアロハサインやピースサインのように、ちょっとした表情や仕草もまた、人と人をつなぐコミュニケーションなのだと思います。
僧侶としては、日々の小さな出来事に一喜一憂せず、穏やかな心でありたいと思っています。
しかし私たちもまた人間です。
見知らぬ人に中指を立てられれば気分は晴れませんし、反対に笑顔や親切な仕草に触れれば自然と心が和らぎます。
結局、その日はアロハサインやピースサインのおかげで気持ちよく一日を始めることができ、先ほどまでのモヤモヤも、いつの間にかどこかへ消えていました。
人の心というのは、本当に単純なものだなあと、自分でも少し笑ってしまいます。
仏教では「縁」という言葉を大切にしています。
特別な出来事でなくても、その日出会った人の一言や何気ない振る舞いが、自分の心を大きく変えることがあります。
あの日の通勤では、そんな当たり前のことを改めて教えてもらったような気がしましたし、私もまた、誰かにとってそんな小さな笑顔や親切を渡せる人でありたいと思える出来事でした。