みんさん、こんにちは。向月です。
新年度を迎えて、気持ちも新たに新生活をスタートされた方も
いらっしゃることでしょう。
私も今年度やりたいことなどを考えながら、春の訪れを楽しんでおります。
(今年は例年に比べ暖かかいので、春というよりは初夏を感じる日もありますね)
昨年から自宅で過ごす時間が多く、よく本を読むようになりました。
年明けくらいから、古文や短歌などの歌集やその解説本などを読んでいます。
解説している『恋する伊勢物語』です。
『伊勢物語』は多くの短編物語が書かれており、その中の登場人物が
詠んだ歌が出てきます。
恋物語がほとんどの『伊勢物語』ですが、時々、お花見に行く話しや
旅の途中の話しなどが出てきます。
第八十二段「惟喬の親王(これたかのみこ)」というの話は、親王と
馬頭(馬を管理する役職の長)が鷹狩りをしながらお花見を楽しむ話しです。
実際は、鷹狩りはほとんどせずお酒を飲みながら歌をうたう話しです。
この話しの中には有名な桜の歌があります。
世の中に絶えて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし(馬頭)
この世の中に桜の花が全くなければ、春の心はのんびりのどかなのになぁ・・・。
もちろん桜がなければ良いという歌ではなく、心をざわつかせる
桜ということで花の良さを表したものです。
俵万智さんは、「桜は開花を待ちわびて、咲いたら咲いたで妙に
ウキウキして、散ってしまわないかとハラハラする。強い春風に
あっという間に散ってしまいがっかりする。まったく、人の心を
騒がせる花だ」と言われています。
「待ちわびる→ウキウキ→ハラハラ→がっかり」の繰り返しです。
がっかりの後は、また春を待ちわびています。
満開の桜も、風に舞い散る花吹雪も、そのあと新緑の葉桜もとてもきれいです。
一方、桜のほうは誰に教えられたわけでもなく、機が熟せ蕾みになって
やがて花を咲かせます。全部、自然に任せています。
今年、早咲きの桜を見ながら自然体で生活していれば「機が熟す」時が
来るんだなと感じました。
我儘を言わず、自然の流れに任せて生きてみようと思いました。
そうすれば、自分でも気づいていない蕾が花を咲かせるときがくる。
また、それが散るときも。
短歌なかで「桜」が出てくると、その儚さを人生に例えることが多いようです。
私たちの人生も儚いものでしょう。
きれいな花が咲いた後、きれいな花吹雪を見せられるように生きていきたい
と思いました。
毎週水曜日更新をしてきました「旅する禅僧」ブログですが、
次回から隔週水曜日の更新となります。
これからも「旅する禅僧」を宜しくお願い致します。